Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
僕はショウ。とある出来事から、気がつくと見慣れない場所にいた。ここはどこだ…? 生きていた時の記憶は断片的で、まるで夢を見ているようだった。
あたりを見回すと、白を基調とした清潔な部屋が広がっていた。窓はなく、人工的な光が優しく照らしている。ここは一体…。
「ここは死後の世界にある療養所です」と、優しそうな女性の声が聞こえた。彼女は看護師のような格好をしており、穏やかな微笑みを浮かべている。「あなたはショウさんですね? 少しの間、ここで過ごしていただくことになります」
僕は頷くしかなかった。状況が全く飲み込めない。死後の世界? 療養所? 何がどうなっているんだ…?
療養所での生活は、驚くほどに穏やかだった。食事は美味しく、他の入所者たちも皆、静かで穏やかだ。しかし、僕はどうしても馴染めなかった。心の奥底に、深い孤独感が巣食っているからだ。
僕は転生を望まなかった。なぜかはわからない。ただ、もう一度、あの世界に戻りたいとは思えなかったのだ。そして、療養所での生活が始まった。
初めは、他の入所者たちと積極的に交流しようと試みた。しかし、うまくいかなかった。彼らは皆、それぞれの過去に囚われており、僕もまた、過去から逃れられずにいた。
時が経つにつれ、僕は次第に心を閉ざしていった。部屋に引きこもり、誰とも話さなくなった。食事もほとんど取らず、ただ天井を見つめているだけの日々が続いた。
生きている時も孤独だったけれど、死後の世界に来て、その孤独はさらに深まったように感じた。死んだら楽になると思っていたのに、そんなことはなかった。ここには、ここなりの苦しみがあるのだ。
特に苦しかったのは、死にたくても死ねないという事実だった。生きている時はいつでも死を選ぶことができたのに、死後の世界では、それすら許されないのだ。
そんな僕の心を救ってくれたのは、一人の女性だった。彼女の名前は成香。療養所の庭で、いつも一人で本を読んでいる姿を見かけていた。
ある日、僕は意を決して彼女に話しかけてみた。「あの…、すみません。いつも本を読んでいらっしゃいますね」
彼女は顔を上げ、僕を見て微笑んだ。「ええ、そうなんです。あなたも、本が好きですか?」
僕は頷いた。「好きというわけではありませんが…、暇つぶしにはなりますね」
それから、僕たちは少しずつ言葉を交わすようになった。成香は、僕の話を辛抱強く聞いてくれた。僕の過去、孤独、そして絶望…。
彼女と話すうちに、僕は少しずつ変わっていった。閉ざしていた心が、少しずつ開き始めたのだ。
成香は、僕に死後の世界の意味を教えてくれた。ここは、過去の傷を癒し、新たな自分を見つける場所なのだと。
彼女はまた、僕に受容の大切さを教えてくれた。自分が死んだという事実を受け入れなければ、前に進むことはできないのだと。
成香の励ましを受け、僕は少しずつ療養所の外に出るようになった。庭を散歩したり、他の入所者たちと話したり…。
8年間引きこもっていた僕にとって、それは大きな変化だった。世界が再び、色彩を取り戻し始めたように感じた。
ある日、成香は僕に尋ねた。「ショウさん、あなたはなぜ死んでしまったのですか?」
僕は戸惑った。その質問に答えるには、あまりにも多くの勇気が必要だったからだ。「それは…、あまり思い出したくないんです」
「無理に話す必要はありません。でも、過去と向き合わなければ、真の受容は訪れません」と成香は優しく言った。
僕は、彼女の言葉を胸に刻んだ。いつか必ず、自分の死因を話そうと心に誓った。
それから数ヶ月が経った。僕は療養所での生活に慣れ、少しずつだが、心の傷も癒え始めていた。成香との関係も深まり、お互いにとってかけがえのない存在になっていた。
ある晩、僕は夢を見た。それは、僕が死んだ日の記憶だった。炎に包まれた家、泣き叫ぶ声、そして、絶望に満ちた自分の顔…。
僕は飛び起きた。全身が汗でびっしょりだった。悪夢が、僕の心を再びかき乱したのだ。
翌朝、僕は成香に全てを話した。自分の死因、そして、夢で見た光景…。
僕は、妻と離婚し、一人で息子を育てていた。仕事はうまくいかず、生活は苦しかった。将来への希望も持てず、ただ毎日を無為に過ごしていた。
そんなある日、僕は絶望の淵に突き落とされた。会社の倒産、そして、息子の病気…。
僕は、もう生きていく気力を失ってしまった。そして、全てを終わらせようと決意したのだ。
家中に灯油を撒き、火をつけた。息子は、実家に預けていた。彼だけは、助けたかったのだ。
全てを話終えた僕は、涙が止まらなかった。過去の過ち、そして、息子に対する罪悪感…。
成香は、僕を優しく抱きしめてくれた。「あなたは、償わなければなりません。ここで、自分の罪を償うのです」
僕は、彼女の言葉に励まされた。そうだ、償わなければならない。息子のために、償わなければ…。
それから、僕は療養所でのボランティア活動を始めた。他の入所者たちの話を聞き、彼らを励ますのだ。
僕は、自分の過去を隠さなかった。自分の過ちを語り、彼らに二度と同じ過ちを犯さないようにと訴えた。
ボランティア活動を通じて、僕は少しずつ贖罪の意味を理解していった。そして、息子のために、できることは何でもしようと決意した。
ある日、療養所の管理者から呼び出しがあった。「ショウさん、あなたに面会者が来ています」
僕は驚いた。 死後の世界に、面会者なんてありえないと思っていたからだ。
面会室に入ると、そこには一人の青年が立っていた。見覚えのある顔…。
息子だった。成長し、大人になった息子が、そこに立っていたのだ。
息子は、僕に全てを話した。僕が死んだ後、彼は施設で育ち、苦労を重ねながらも、立派に成長したのだと。
そして、父さんのことをずっと探していた。死んだと聞かされていたけれど、どうしても諦められなかったんだ…。
「ごめん…」と僕は謝った。「本当に、すまなかった…」
息子は首を横に振った。「もういいんだ。父さんが生きていてくれて、それだけで嬉しいんだ」
僕は、息子の言葉に救われた。過去の過ちを、少しは許されたような気がした。
しかし、息子は最後に言った。「父さん、僕も、そっちに行こうと思っているんだ」
僕は驚愕した。「何を言っているんだ! そんなことをしちゃいけない!」
息子は言った。「父さんに会いたいんだ。ずっと、一緒にいたいんだ」
僕は、必死に説得した。「生きるんだ! 自分の人生を生きるんだ! 俺と同じ過ちを犯すな!」
僕の声は、現実世界に届かない。もどかしい思いが、僕を締め付ける。
僕の叫びが、息子に届いたかどうかはわからない。しかし、息子は少しだけ躊躇したように見えた。
そして、面会時間は終わりを告げた。息子は、涙を流しながら、面会室から出て行った。
僕は、崩れ落ちた。息子に、自分の過去を繰り返させたくない。彼には、幸せになってほしい。
僕は、療養所の外に飛び出した。走り出し、ひたすら走り続けた。
どこに向かっているのか、自分でもわからなかった。ただ、息子の元に行きたかった。
気がつくと、僕は見慣れない場所に立っていた。それは、生きていた時の僕の家だった。炎に包まれ、焼け落ちた、あの家だ。
僕は、焼け跡に跪き、祈った。息子の幸せを、心から祈った。
すると、突然、光が差し込んできた。眩い光に包まれ、僕は意識を失った。
次に気がついた時、僕は療養所のベッドに横たわっていた。成香が、心配そうに僕を見つめている。
「ショウさん、大丈夫ですか? 一体、どこに行っていたんですか?」と彼女は尋ねた。
僕は、全てを話した。夢で見たこと、そして、息子のこと…。
成香は、僕の手を握りしめ、言った。「あなたは、もう一人ではありません。私たちが、一緒にいます」
僕は、成香の言葉に涙した。そうだ、僕は一人じゃない。ここには、僕を必要としてくれる人たちがいるのだ。
それから、僕は再び、療養所での生活を始めた。ボランティア活動を続け、他の入所者たちを励ます日々を送った。
そして、いつか、息子が幸せになることを信じて、僕はここで、贖罪の時を過ごすのだ。